曹爽(そうそう)

 魏の大将軍。曹真の子。

 曹真が明帝曹叡の後見であったため、用いられ武衛将軍となった。

 明帝が病に倒れると大将軍となり、司馬懿とともに死後のことを託された。その後、司馬懿を名誉職に追いやり実権を握るものの、蜀攻めの失敗や気に入ったものをどんどん登用したため、旧名士階級の反発をまねき、その代表格となった司馬懿らによる正始政変により官位を剥奪され、のちに処刑された。

 基本的なスタンスとして、ここでは政変を起こした司馬懿よりも、そのきっかけとなる乱脈政治をおこなった曹爽に非があったという考えをとっています。

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曹羲(そうぎ)

 魏の大将軍。曹真の子で、曹爽の弟。

 明帝曹叡の死後、実権を握った曹爽によりとりたてられ中領軍となり、禁軍(近衛)の兵力を支配下においた。

 兄曹爽の驕慢と淫楽をしばしば諌めたが、聞き入れられなかった。

 天子が高平陵へ参ると、曹爽・曹羲兄弟もこれに随行した。その機を活かして兵を挙げ城外に駐屯した司馬懿らによって、兵権を奪われて捕らえられ、処刑された。

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